2023年を振り返って

(この一年、なぜか偶然にも3度も行くことになった長崎。これは、長崎市東出津町の遠藤周作記念館の敷地から西に広がる東シナ海を撮影。この記事とは全く関係ないけど(笑)、長崎で撮った写真を3枚掲載します)

 

 


歳とともに、時間が過ぎゆくスピードが早まるという話を聞いたことがある。

 

確かに、あっという間にもう12月!?みたいな話は、年齢を重ねるごと周りからよくきくようになった気がする。

 

でも、私は一年一年、どの年も同じように密度の濃い時間を過ごしているような気がする。

 

きっと、あまりのんびりと暮らしていないせいかもしれない。

 

 

(日本三大夜景の一つ。稲佐山から見下ろす長崎市街の夜景)

 

 

 

私の来年の目標は、'ゆとり'だ。

 

ゆとりとは、隙間のことだと思っている。

 

だから、もっと隙間のある、つまり余裕のある暮らし方をしたいと願っている。

 

そのためには、色々と無駄なものを削ぎ落としていく必要をひしひしと感じている。

 

持ち物や暮らし方だけではなく、思考の整理も含めて。

 

無駄なものがなくなれば、もっと隙間が出てくる。

 

現在の社会は、私たちにこの隙間(つまり余裕)を与えないように、色々なものを(そして、それはとても興味を引かれるもの)を提供してくれている。

 

携帯電話も、パソコンも、ゲームも、サブスクでみれる動画も、SNSもなかった学生時代。

一体、どうやって友人と連絡をとったり、情報を得たりしていたの?と、息子に聞かれたことがある。夜、自分の部屋で何をして過ごしていたの?休日は何をして暇を潰していたの?と(笑)

私は、確か、友人とは学校であったときに会話するだけだし、たまに一緒に休日に出かけることはあるけど、そんなに頻繁ではなかったし、部屋では本を読んだり、勉強をしたり、絵を書いたりしていたかなと返事したと思う。

そういう時間を学生時代に過ごせたなんて、羨ましいと息子が言った。今の世界は便利すぎて、何か大切なものを失ってしまっていく気がすると。

 

 

今は、本当に便利な世の中だと思う。こうして、私も自分のパソコンでソファに座って、ブログを書いたりしている一方で、ネットで調べたレシピに従って、キッチンで煮込み料理を作っている。便利になったけど、私も、何かに追われるように暮らしている気がする。

 

結局、どれだけ便利になろうと、心と生活は、隙間がたっぷりの余裕を空けておきたい。

私の2024年の目標はこれに尽きると思っている。

 

持ち物を減らして、生活を簡単にして、毎日空を眺め、星を見上げ、風を感じて、目に見えない存在たちに心を向けて生きて行こう。

 

長崎県東彼杵郡波佐見町の有名な棚田

 

皆さんは、2024年、どんな風に過ごして行きたいですか?

その夢が叶うことを願っています。

 

最後になりましたが、今年一年お世話になりました。

来年もよろしくお願いいたします。

        

2023年12月31日    Serena